‘持論’ カテゴリーのアーカイブ

「ねじれの調整」より「ねじれの解消」へ ~福田・麻生自民党政権と菅・鳩山・野田民主政権~

2011 年 10 月 14 日 金曜日

10月第3週 2011/10/14 

「ねじれ」は「与野党の妥協」で解決するのではなく、「解散」による「ねじれ解消」が本筋のように思います。

 

 政権交代して二年も経ち、総理も二年で三人変わり、政策もその都度政権与党内で練り直す、このような状況にありながら、自民党が与党時代に福田総理が小沢代表に話し合いを求めたり、麻生総理がねじれで苦労した時に、当時のマスコミ世論は民主党に対して現在のように野党自民党に対する要求を果たしてしていたでしょうか。与党自民党に協力せよなどと民主党に求める論説はほとんどなかったのではないでしょうか。

 

 今年の法案成立について、どれだけ野党が協力してきたかの報道は見当たりません。特例公債など重要な財源法案については、与党民主党こそがマニュフェストを修正し、国民にお詫びをした上で、法案成立の協力を求めるのが本筋であり、そのことをマスコミ世論は果たして報道してきたのでしょうか。国民に真実を伝えるのが報道機関の責任であり、そのために報道の自由が許されています。

 

 政権交代を煽り、政権交代を果たしたのであるならば、与党であり権力者である民主党政権に対して、しっかりと権力のチェック機能を果たすのが本来の役割のはずではないでしょうか。にもかかわらず、立法府におけるチェック機能である野党が、与党に協力しないなどという論調が目立つ世論には閉口するばかりであります。

 権力におもねるマスコミではなく、権力のチェック機能であり、「ねじれの調整」という考え方ではなく、「ねじれの解消」にむけたまっとうな世論に回帰して頂きたいと思うのは、私だけではなく多くの国民の疑問のようです。

 

 三次補正予算、復興予算と財源については、震災後の野党がしてきたように協力するのは当然であり、言われるまでもありません。問題は、来年三月末に来年度の予算と財源を、どのようなマニュフェストの下で国民に理解を求めるかは、自民党政権末期の麻生総理が断行したように「解散総選挙」によって国民に信を問う以外ありえないし、「ねじれの調整」ではなく「ねじれの解消」にもつながり、国民の皆さんもすっきりすることと思います。

自らの法律で自らが裁かれる  ~江藤新平と小沢一郎~

2011 年 10 月 14 日 金曜日

10月第2週 2011/10/14

 

 以前に、大先輩から「国会議員は自分で作った法律で自分が捕まる面白い人種なんだ」と聞かされたことがあります。確かに立法権は国会議員、立法府に与えられた責任と権限であり、しごく当たり前のことですが、作った国会議員本人がその趣旨を理解せずにいたとなれば、なるほどそれは滑稽な話になるのかと思います。

 

 小沢元代表の政治資金問題は、司法との最終戦争であるなどと小沢元代表が問題を摩り替えようとしていますが、これは「政治と金」の最終決着であるのだと思います。

 国民ももうこれ以上この問題で国会において時間が費やされることに、嫌気がさしていると思いますし、我々議員も同じような感覚をもっております。少なくとも秘書三人が有罪になった時点で、議員辞職をするのは当然のことと思いますし、証人喚問という立法府に与えられた国政調査権のもとで、国会において明らかにされ、当人も説明する責任があるのは当然のことであるのに、鳩山・菅・野田政権ともに時間稼ぎに終始し、曖昧、うやむやにしようとするのは信じられません。自民党も以前に多くの証人喚問を自ら実行したことは、ほめられるものではないですが、議員としての国会での責任を全うしたことにおいては、今の民主党より潔いことであったのでないでしょうか。

 

 予算委員会等での議論を聞いていて、あまり触れられませんが、国会議員の議員手帳には「憲法」や「国会法」のほかに「政治倫理綱領」なるものが添付されております。議員手帳は国会議員のわきまえる最低限の、そして最重要なことが書かれていることは言うまでもありません。「政治倫理綱領」は昭和60年6月25年に議院運営委員会において議決されました。そこには、以下記すような大変重要なことが書かれております。

「われわれは、政治倫理に反するような事実があるとの疑惑をもたれた場合にはみずから真摯な態度をもって疑惑を解明し、その責任を明らかにするよう努めなければならない。」

「政治倫理綱領」とは、憲法や法律にするまでもない、議員自身の憲法であると思います。

そしてこの綱領が議決された時の議員運営委員長は、皮肉にも小沢一郎氏であったのです。

 

 江藤新平が明治5年司法省において自らが確立した「写真手配制度」によって、制定者本人が被適用者第一号となったのは有名な話であります。当時の政治状況も、三権分立の導入をすすめる江藤氏に対して、行政権=司法権と考える伝統的な政治価値観をもつ政府内の保守派との確執は、現在の小沢氏と重なる点があり興味深いものがあります。

野田首相所信表明演説

2011 年 9 月 14 日 水曜日

9月第3週 2011/9/14

 

野田首相所信表明演説

 

 政権交代から二年間で三回目の所信表明演説を伺った。あるブログを見てなるほどと思ったのは、「AKB48でも70日以上かけて総選挙をやるのに、一国の総理が五日で決まるのはとても不思議だ」というものだ。

 

鳩山、菅総理から三人目の野田総理の演説は、ほとんど前任二人の演説と代わり映えはせず、マスコミがどうしてそのことを言わないのかが不思議である。野田総理誕生以降、「どじょう」や「低姿勢」など、およそ政治家としての資質や政策には関係ないことばかり報道するマスコミのレベルの低さには呆れるばかりである。おそらく海外メディアならば、徹底的に「政策」や「過去の政治家野田氏の発言・考え方」「鳩山・菅と一体何が違うのか」などについて、論じているであろう。

 

 低姿勢で、議論と対話を重視すると言いながら、難題山積の臨時国会は四日で終わるという。このことに関しても、我々野党の批判を客観的に報じているが、主体的にこのこと自体がおかしいという報道は見受けられない。

 

我々が与党時代は、与党という権力に対して、国会における野党はもちろん、マスコミも容赦なく批判し続けた。政権交代を「扇動」したのも今のマスコミの力が大きいと思われる。遡れば、戦前の戦争への扇動と、戦後の軍部批判、を瞬く間に立場を代えて報道するマスコミの姿を思い出せば、今は逆に政権交代をいまだ正当化したいという筋を通す姿勢は正直なのかもしれない。しかし、マスコミの本来の姿は、「国民の知る権利」を代表し、「報道の自由」を振りかざしている限りは、現政権の二年間の失態や検証、野田総理の財務大臣時代の円高対策への失敗、著書における「総理交代時には解散すべし」との考え方をどうして、国民に披露し、報道しないのか不思議で仕方がない。

 

権力の監視役は「与党」と「マスコミ」そして「野党」

 

 今までの政治経験で思うことは、三権分立という権力監視機能はあるが、実際は総選挙で勝利した立法府たる政権与党が、議員内閣制のもとで政権与党が行政府を担うものであり、行政府を監視する役割は立法府における「政権与党」が一番影響力をもつということである。

 

私も与党時代には、常に権力者である政府に対して、批判的にみながら、時に自由主義が強い傾向にあっては規律を主張し、時に外交において国家主義的に傾けばリベラルの主張をし、バランスをとる役割を自負していたものである。同じ党内においても常に権力の暴走や偏向に対して、抑止する力が党内において働いていたように思える。

 

実は自民党政治は政治主導的政治であった

 

現政権をみていると、マスコミの監視機能は報道にみられる通り大変稚拙な報道が多く、与党に至っては、積み重ねた現場の政策議論が闘わされることなく、政治主導とは名ばかりで、官僚主導に拍車がかかっているように思える。実際この点についてマスコミは全く検証していないが、自民党時代の政調部門における議論のほうがよっぽど政治主導の色合いが強く、皮肉にも民主党は自民党の政調システムに習う形に変化している。

 

また最近の報道をみても、鉢路大臣発言について報道機関自らが火をつけ炎上させたにも拘らず、それを野党が批判すると、批判ばかりするなとの報道がなされる。 

最も、最近の政治家の発言やそれを報道するマスコミにおいて致命的な問題は、極めて昔では当たり前のことが、さも真新しいことのように発言し、報道されることである。

 

「政治主導」なんて昔では当たり前であり、与党が「誠実」に対応することなんて当たり前であり、「被災地支援」も当然政治全体で、国民全体で担っていくことも、まさしく政治の使命であることは当然のことである。重要なことは、小沢か反小沢かだとか、権力闘争のショータイム、政治手法や手段が騒々しく語られ報道されることではなく、国家に対して国民に対して政治として結果がしっかり出ているか、将来に向けての布石がしっかり打たれているかを、国民の皆様に知らせ、そして判断の一助となることである。

 

政治の世界では、政治主導の対極は役人主導であるが、日本の役人は極めて献身的であり、政治に対しては非常に素直であると思う。問題は、役人を唸らせる、納得させる、人間力、政治力をもった政治家がいないということであり、いつの時代も政治主導という環境にかわりはなく、無能な政治家や政党が都合よく役人批判をするための道具として「政治主導」という言葉を乱用すること、マスコミが役人を「天下り」などでリンチをすることでは、国家を支える気概をもつ役人は益々やる気をなくし、結果国全体がおかしくなり、国民に全てかえってくるものと危惧をもつ。

 

政権交代して以来、役人の間では、自民党時代より楽になったという声がどこかしこで聞こえてくるのは何故だろうか。言葉だけの政治主導、実際何も知らない大臣、副大臣、政務官の下で、役人は「指示待ち」になる。自ら考え国家のために忠誠を誓い、献身的に仕事をする役人が激減しているのだ。無能な政治家が政府高官になれば、政策は進まず、混迷を極めることは、民主党政権下における震災対策でも明らかである。野田政権においても、自らを素人だという防衛大臣のもとでどうして政治主導がなされるのだろうか、シビリアンコントロールはなされるのであろうか。本当に心配である。

 

「国力維持・向上」にむけて

2011 年 9 月 7 日 水曜日

 9月第2週 2011/09/07

 

~私学助成と私学跋扈と就業率の関係を精査すべき時~

 

以前から気になっていたことは、私学助成が機能的に、効果的に、インセンティブのある制度になっているかということである。また、日本における私学の数が適正であるか、また私学を通じた「就業率」言い換えれば「就業力」がほんとうに評価された私学助成になっているのかということだ。

 

23年度の予算額は4368億円となっており、内訳は私立大学等経常費補助金3209億円、私立高等学校等経常費補助金1002億円、私立学校施設整備補助金157億円である。

 

 今後の日本の成長力や競争力を高めていくために、「教育力」こそが大きな柱となることは論を待たないが、「成長力」や「競争力」に対する基本的な考え方が整理されていなければ、「教育力」に対する「投資予算」が無駄に使われることにもなりかねない。

 

 昨今、理工系の学生が激減していること、海外に出て自らを競争にさらす学生が減少していることは、あらゆる統計データから垣間見ることができる。世界の新しい企業家として20代の学生が現れたり、世界の経営者はインド人が多数を占めたり、アジアにおける留学生の人口比率では、日本は中国・韓国に大きく水を開けられている。

 

 私学においても、就業力を高める努力をしている大学も多数見受けられるが、私学全体の調和を重んじる余り、インセンティブが働かずに、民間企業における「優勝劣敗」「自浄作用」「切磋琢磨」がおこらないようでは、努力している私学に対しても気の毒なことである。大学病院を充実させて、その利益から大学教育を充実させ、学費を軽減させている私学などは、もっと評価しても良いのではないかと感じる。

 

私学助成の目的に①私学の教育条件の維持向上②学生等の就学上の経済的負担の軽減③私学経営の健全性の向上、が挙げられている。しかし、現実は「習い事」「塾」に通わせることが出来る比較的裕福な家庭の子弟が、有名な私学や国立に入学する。昨今は、公的教育機関の充実を諦め、塾を推進する学校が増えているとも聞く。

 

 日本の「国力維持・向上」のためにも、私学のあり方、公教育のあり方、塾の位置付け、など根本的に国民全体で考え直す時期に来ているのではないかと思えてならない。

 

厚生労働大臣「たばこ700円値上げ」発言にみる

2011 年 9 月 7 日 水曜日

9月第2週 2011/09/07

~かわらない民主党政権の「打ち上げ花火政治」~

 

就任早々の会見における厚生労働大臣の発言の火消しに、官房長官、財務大臣が必死になっているようだ。考え方として、「税収増」ではなくて「健康」のためであるとの趣旨との説明であったが、担当大臣としての意見としてはわからなくもない。

 

 ただし、厚生労働大臣は、ただでさえ幅広い分野の所管をもつ大臣であり、民主党政権が国民に評価されるかどうかは、「実行力と実現力」であり、それには政治の「説得力」が欠かせない。

 

 鳩山政権、菅政権と民主党政権の「終わり」を予兆させる政権から最後のチャンスとして野田政権が誕生したが、相変わらず「打ち上げ花火」は派手だが、その「実現性」が極めて疑問視される政治行動は、厳に謹んで頂きたい。本気で実現する覚悟があるのであれば、それ相応の国民への「説得力」と与野党への「説得力」が必要である事は政治の現場にいるものならば今更言うまでもない。鳩山政権の普天間発言、菅政権の税やTPPは、それぞれ打ち上げただけで、「先送り」と「逃げ」の政治に終わっている。

 

 厚生労働大臣が、国民にも、与野党にも「説得力」をもつためには、まずは「正攻法」で確実に「健康と歳出抑制」を両立できる政策をしっかり実行すべきである。

 例えば、前にも「社会保障の聖域なき削減」でも述べているが、「保険者機能の強化」による予防医療の充実はまだまだ改革の余地が多い。「特定検診」の受診率は依然低く、「癌検診」においても平均3割程度である。検診をしなければ保険料を上げるくらいの毅然とした保険者機能をもたせる政策を着実にすすめることこそ、厚生労働大臣として公に発信すべきことではないだろうか。

 

 また、「生活保護」費用の増大に対する、国民的視線は厳しいものがある。もちろん「努力が困難な方々」やこの度の「被災者の方々」に対して、また「難病」を抱える方々や家族に対する国民全体の支援は、しっかりやるべきであるが、「努力をせずに」「必要以上」の「生活保護給付」を受けている問題や、「給付額の基準の見直し」などについても、厚生労働大臣として発信してもらいたい。

 

野田新総理誕生をうけて

2011 年 8 月 31 日 水曜日

8月第5週 2011/8/31

 

 ようやく若い世代の総理大臣が日本にも誕生したこと、そして民主党候補者の中でも比較的ブレのない骨太な議論ができる政治家であることを考えれば、歓迎すべきこととしてまずは祝意を申し上げます。

 

 野田氏が財務大臣時の財務金融委員会において、7回ほど質問に立ち論戦を交わした感想は、一言で言うと「官僚より官僚的な答弁」で慎重な方だと思いました。日本の財政状況についての認識は、きわめて常識的であり、これはよくいう「財務省の操り人形」というものではなく、ご自身で確信をもっていたものと感じました。

 

 財務大臣とは、閣僚の中でも要求官庁大臣とは違い、国家全体を見渡す見識と「政治主導」という名の利害的要求をもはねつける覚悟が必要であり、その点においては、極めて慎重な発言が要求される大臣であることも確かであります。

 

 財務金融委員会で印象的であったのは、今の日本の財政状況を勘案した時の今後の財政破綻懸念について「想定内か想定外」という私の質問に対して、「想定内」との趣旨の答弁をされたことです。

 

 この度の震災と甚大な被害が想定内か否かについての議論の中で、私自身は想定内であった、その備えが甘かったと感じており、これは我々自民党も責任を背負う立場にあると思います。政治家は、想定内の問題に確実な対策を実施することは当然のことながら、想定外の事柄に対しても備えをすることが求められる立場であると思います。

 

 民主党代表選挙でも、各氏が被災地の復旧・復興を最重要課題に挙げたのは当然のことであり、我が党も全く同じ思いである事は間違いありません。ただし、政治の職責は、日本国家全体の浮沈がかかった現状をしっかり認識して、あらゆる処方箋をもつことも同時に求められていることは言うまでもありません。

 

 そのひとつは間違いなく財政問題であります。欧州における財政破綻懸念問題、米国における債務問題は、日本も対岸の火事ではなく、まさに緊急課題であり避けては通れない問題であると国民全体が認識すべきあり、政治家自身が正確な診断と処方箋を国民に示すこと、それをマスコミ世論も正確に、そして責任を同じように背負って報道する事が求められています。

 

 その中で、野田当時財務大臣の、「財政破綻懸念」及びそれによってもたらされる「甚大な経済災害」が、もはや「想定内」であるという認識は極めて当然であり、この問題には逃げずに、ブレずに、そして結果を出す政治をやって頂きたいと思いますし、我々野党も政局や党利党略に奔走せずに正面から向き合うべきと考えます。

国政報告

2011 年 7 月 1 日 金曜日

7月第1週 2011/7/1

 

 この度は、世の中をお騒がせしていることに申し訳なく思います。政策・政治とは関係のないことが大きく報道され、日頃の政治活動についての報道をして頂けていないことは、政治の場にいる立場として残念ではありますが、これを機会に国会の現状をご報告申し上げたいと思います。

 

 本通常国会においては、財務・金融委員会筆頭理事として、与野党対立の中ではありますが、国家・国民生活にとって重要な法案、震災被災地域への法案を、与野党の垣根を越えて成立させて参りました。

議員立法提案者として、税の「つなぎ法案」の成立、内閣提出「金融円滑化法案」「金融商品取引法案」

加えまして、震災被災地対策の一つとして、度々小生も委員会で主張させて頂いておりました、被災地金融機関の安定化にむけた法案として、「金融機能強化法改正案」は早急に成立させようとの与野党合意の中で、成立のメドはすでについております。

 

残る法案は、予算の裏づけとなる「特例公債法案及び国税等」でありますが、本法案成立にむけては、所謂「三党合意」における現政権のマニュフェストの見直し検討が前提条件となっていますが、未だにその方向性が出てこず審議が進まないのが現状であります。

この間、数週間委員会は、開催すらされず、「財源」の議論は宙に浮いたままであり、加えて「不信任案」をめぐる「与党内の内紛」が、さらに政治停滞を生んでいる状況であります。

 

今後も、政治混乱の中ではありますが、自身ホームページに記している諸課題と解決に向けたアイデアを、さらに洗練させて今後とも政治活動に邁進していく所存であります。

 

尚、地元の支持者の皆様にはご心配をかけ、お励ましを頂き、この場をかりてお詫びと感謝を申し上げます。また関係者にもご迷惑をおかけしたこともあわせてお詫び致します。

 

このような中でも、信頼し、守ってくれている妻そして家族にも感謝し、改めて自らを律して参りたいと思います。これからは義父の家にて、良き家庭人としてマスオさんとして、日頃出来ていなかった子育ても頑張りたいと思います。

 

本件により、いろんなことを改めて気付かせて頂いたことに、マスコミの方々にも感謝申し上げますとともに、今後は政治活動を取り上げて頂けるよう頑張って参りたいと存じます。

第177回国会における衆議院財務金融委員会の付託議案の審議状況

2011 年 6 月 8 日 水曜日

6月第2週 2011/6/8

 本通常国会においては、財務・金融委員会筆頭理事として、与野党対立の中ではありますが、国家・国民生活にとって重要な法案、震災被災地域への法案を、与野党の垣根を越えて成立させて参りました。つきましては財務・金融委員会の審議状況(Pdf)をご報告申し上げます。

震災復興財源に社会保障効率化を聖域とする勿れ!

2011 年 4 月 27 日 水曜日

4月第5週 2011/4/27

 

○ 特養の埋蔵金吐き出し

 

・ 中村博彦参院議員によれば特養を運営する社会福祉法人は総額1兆円を超える内部留保を有する。実態を厚労省は未調査。

・ 全国の社会福祉法人の内部留保額について厚労省において早急に調査が必要。

・ その上で、内部留保額が多い特養は介護報酬・補助金を減額。(保守的な経営から脱皮し、特養の規模拡大、在宅への事業展開のインセンティブにもなる。)

・ 自民党政権下の2009年度1次補正予算で約8,000億円の特養向け基金を作ったが、内部留保額を把握することで、その減額も可能。(内部留保額が多い法人に対しては、施設整備の補助金を減額。)

 

○ 介護保険の区分を見直し

 

・ ドイツでは日本の要介護3以上が介護保険対象。わが国で介護保険を運営する市町村関係者の間でも、重度者(要介護度3以上)の身体介護に介護保険を重点給付すべきとの意見が強い。生活家事援助の無駄を指摘する声多し。

・ 仮に、要支援、要介護1・2について介護保険対象外とすれば、国費約6,200億円の節約。医療同様に利用者の3割負担とすれば国費約1,000億円の節約。

 

○ 生活保護の基準引下げも可能

 

・ 生活保護の支給額は、国民の消費水準に連動して上下するはず(昭和58年中央社会福祉審議会以来のルール)。

・ しかし、最近の検証では本来のルールから1割以上多い額。

2007年に厚労省が行った検証では、2004年時点で単身世帯(60歳以上)で、生活扶助基準が71,209円、一般国民の消費水準(下位10%の生活扶助相当支出)は62,831円。生活保護の方が12%高い水準。)

・ 主要先進国との比較でみても、フランスでは6万円程度(2009年、1ユーロ=133円)、スウェーデンでは4.8万円程度(2009年、1クローネ=13円)など、日本の支給基準は高い。

・ さらに、生活保護医療は窓口負担が無料のため、利用者・医療機関双方にとってモラルハザード。

医療機関に対して監査を集中的に実施するとともに、利用適正化のため、少額でいいので窓口負担(翌月償還)の導入を検討すべき。

・ 仮に、生活扶助基準を10%下げれば国費で700800億円程度の節約、生活保護医療を1%節約すれば国費で100億円程度の節約となる。

 

○ 保険者機能強化による医療費削減可能

 

・ 保健指導を徹底して生活習慣病対策を行えば、将来の医療費を2兆円節減できるとの試算(2005年厚労省試案)。にもかかわらず、保健指導の担い手となるべき保険者の存在感は極めて薄い。

・ 保険者機能発揮の典型が、医療機関との診療報酬の直接交渉。

2003年に医療機関と保険者の直接契約を解禁したが、地方社会保険医療協議会の合意が必要など、要件が厳しすぎて未だ実例がない。医療機関と保険者の合意があればできるようにするなど、要件緩和により直接契約を後押しすべき。

直接契約の利用が当面想定されるのは企業の健保組合。仮に健保組合全てが直接契約により診療報酬を1%値引きした場合には、医療費で約400億円節約。

 

○ 初期医療、終末期医療も削減可能

 

・ 医療保険は、いざというとき=大病への備えが本来最も重要。風邪などの少額医療や外来での投薬は見直し対象。これら初期医療においても高額療養費制度(一般的な所得がある若者であれば月約8万円(高齢者は月約4万円)が自己負担の上限)があれば保険としての機能は十分。

・ 外来では少額部分を保険対象から除外してはどうか。外来で500円は自己負担分として残りを3割負担とすれば、将来的に医療費で約1.9兆円、国庫負担で約5000億円の節約効果(2005年厚労省試案)。

・ 外来の薬は半分は自己負担としてはどうか。この場合、国庫負担は約1200億円節約可能。

・ 年間の終末期医療費は約9000億円。(厚労省推計によれば、1年間の死亡者数98万人のうち医療機関での死亡者数80万人、死亡前1ヶ月の平均医療費112万円)

昔は自宅で最期を迎えることがほとんどだったが、現在は8割近くが病院で死亡。

ケア付き高齢者住宅などの整備によって、家族に看取られて尊厳ある最期を迎えるができれば、この約9000億円の医療費は違う形で活用できる可能性。

 

○ 政策医療との建前で法人税免除の医療機関からも税をとる

 

・ 日本赤十字社や社会医療法人の医療事業は法人税非課税であることを改めて精査すべき。

・ 他の医療法人同様に医業収益にも30%の法人税率を課すことにより税収増が見込まれる。(過疎、高度医療は除外。)

・過疎地域・政策医療には、軽減税率などが必要であるが、政策医療の範囲が大きくなりすぎていることを改めて見直す必要。

宮城県亘理町へ

2011 年 3 月 31 日 木曜日

3月第3週 2011/3/31

昨日、宮城県の亘理町の被災地、避難地に、徳島の有志とともに、15時間かけての輸送で、地元の半田そうめんの炊き出し、飲料水、地元の果実、お菓子などの輸送を行いました。この場をかりて、徳島の関係者には心から御礼申し上げます。

避難地では、毎日の食事が即席めん、おにぎりなどが多かったようで、温かい手作りそうめんには皆さん喜んで頂けたようでした。まだまだ物資や温かい食事は、避難地に求められていることが改めて認識致しました。

被災地では、地元の齋藤邦男町長さんはじめ行政の方々は、滋賀県からの自衛隊員の皆様、国土交通省四国整備局の職員の皆様、名古屋からは消防隊員の皆様も懸命な支援活動を継続されており、心から敬意を表したいと思います。

地元の漁業組合の組合長さんからは、漁港には船が沈み、車が沈み、漁港は大変な状況であるが、修理すれば使用可能な船で、一日も早く漁に出させて欲しい、と訴える言葉に胸がつまりました。自分達の力で復興したい、闘いたいとの思いが強く伝わってきました。

我々徳島からは、これからも何度でも被災地にむけて同士とともに出発する準備があります。ともに闘いましょう!