持論

自らの法律で自らが裁かれる  ~江藤新平と小沢一郎~

10月第2週 2011/10/14

 

 以前に、大先輩から「国会議員は自分で作った法律で自分が捕まる面白い人種なんだ」と聞かされたことがあります。確かに立法権は国会議員、立法府に与えられた責任と権限であり、しごく当たり前のことですが、作った国会議員本人がその趣旨を理解せずにいたとなれば、なるほどそれは滑稽な話になるのかと思います。

 

 小沢元代表の政治資金問題は、司法との最終戦争であるなどと小沢元代表が問題を摩り替えようとしていますが、これは「政治と金」の最終決着であるのだと思います。

 国民ももうこれ以上この問題で国会において時間が費やされることに、嫌気がさしていると思いますし、我々議員も同じような感覚をもっております。少なくとも秘書三人が有罪になった時点で、議員辞職をするのは当然のことと思いますし、証人喚問という立法府に与えられた国政調査権のもとで、国会において明らかにされ、当人も説明する責任があるのは当然のことであるのに、鳩山・菅・野田政権ともに時間稼ぎに終始し、曖昧、うやむやにしようとするのは信じられません。自民党も以前に多くの証人喚問を自ら実行したことは、ほめられるものではないですが、議員としての国会での責任を全うしたことにおいては、今の民主党より潔いことであったのでないでしょうか。

 

 予算委員会等での議論を聞いていて、あまり触れられませんが、国会議員の議員手帳には「憲法」や「国会法」のほかに「政治倫理綱領」なるものが添付されております。議員手帳は国会議員のわきまえる最低限の、そして最重要なことが書かれていることは言うまでもありません。「政治倫理綱領」は昭和60年6月25年に議院運営委員会において議決されました。そこには、以下記すような大変重要なことが書かれております。

「われわれは、政治倫理に反するような事実があるとの疑惑をもたれた場合にはみずから真摯な態度をもって疑惑を解明し、その責任を明らかにするよう努めなければならない。」

「政治倫理綱領」とは、憲法や法律にするまでもない、議員自身の憲法であると思います。

そしてこの綱領が議決された時の議員運営委員長は、皮肉にも小沢一郎氏であったのです。

 

 江藤新平が明治5年司法省において自らが確立した「写真手配制度」によって、制定者本人が被適用者第一号となったのは有名な話であります。当時の政治状況も、三権分立の導入をすすめる江藤氏に対して、行政権=司法権と考える伝統的な政治価値観をもつ政府内の保守派との確執は、現在の小沢氏と重なる点があり興味深いものがあります。

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